東京高等裁判所 平成10年(う)513号 判決 1998年6月25日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中六〇日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人池田桂一が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官宮本芳孝が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
論旨は、要するに、被告人に対する採尿手続は違法であって、尿に関する鑑定書は違法収集証拠として証拠能力が否定されるべきであるのに、これに証拠能力を認めて有罪認定の資料とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
しかしながら、原審において適法に取り調べられた証拠によれば、被告人に対する採尿手続違法ではなく、尿に関する鑑定書を違法収集証拠ということはできない。この結論は、当審における事実取調べの結果によっても変わらない。以下、所論にかんがみ、補足して説明する。
所論のその一は、本件の採尿手続が違法である理由として、警視庁亀有警察署警察官は、被告人に覚せい剤取締法違反の前歴はないのに、これがある旨の虚偽の犯罪歴照会結果報告書を疎明資料として、裁判官に対し強制採尿のための捜索差押許可状を違法に請求し、その結果発付された無効な捜索差押許可状に基づき強制採尿を実施したものである、というのである。
そこで検討すると、警視庁亀有警察署警察官時元勝太郎の原審証言等の関係証拠によれば、亀有警察署警察官は、平成八年一一月一日に別件の銃砲刀剣類所持等取締法違反の被疑者として通常逮捕した被告人に対し、再三にわたって尿の任意提出を求めたが、これを拒否されたことから、翌二日、東京簡易裁判所裁判官あてに、強制採尿のための捜索差押許可状を請求したこと、その際の疎明資料として、<1>同年一〇月二二日付けの被告人についての犯罪歴照会結果報告書(乙一三号証)、<2>同年一一月二日付けの「覚せい剤取締法違反(所持)被疑事件の捜索差押え許可状の請求に関する捜査報告書」と題する書面(甲三五号証)、<3>被告人の腕の注射痕を撮影した写真撮影報告書(甲四号証)及びその他の書面が添付されたことが認められる。
このうち<1>の犯罪歴照会結果報告書は、亀有警察署警察官が警視庁総務部情報管理課からの回答を得て作成したものであるが、犯罪歴欄の二番に検挙年月日「昭和五四年一二月一日」、検挙警察署「警視庁新宿署」、罪名「銃刀法・覚せい剤法」、処分「懲役一年四ヶ月」と記載されているものの、所論指摘のとおり罪名は誤りであって、被告人の前科調書(乙八号証)、判決書謄本(乙一一号証)、平成八年一一月一九日付けの被告人についての犯罪歴照会結果報告書(乙七号証)等に照らし、正しい罪名は銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反であることが明らかである。このような誤りが生じた原因は、警視庁総務部情報管理課担当者が各警察署から送られてくる被疑者ごとの犯罪歴をコード番号により電子計算機の端末に入力する際に、コード表に覚せい剤取締法違反と火薬類取締法違反が上下に並べて表示され、しかも、前者のコード番号が一八三、後者のそれが一六三と一字違いであったため入力ミスなどをしたことによるものと認められる。亀有警察署警察官は、被告人の逮捕より前の時点で、警視庁総務部情報管理課に照会して<1>の犯罪歴照会結果報告書を作成したのであって、強制採尿のための捜索差押許可状を請求する際に、故意に火薬類取締法違反を覚せい剤取締法違反に書き換えたわけのものではない。これらのことは、「逮捕後に覚せい剤取締法違反の罪による前科はないと訴えたところ、時元警察官から再度前歴照会をしてみると言われ、後に間違いであったと聞かされた。」旨の被告人の原審供述、故意に誤った資料を作出したのではないと明言している時元の原審証言、別の警視庁田園調布警察署警察官が作成した平成八年三月六日付けの犯罪歴照会結果報告書(乙一二号証)にも<1>の犯罪歴照会結果報告書と同旨の記載があることなどにより裏付けられている。
また、<2>の捜索報告書には、被告人が、銃砲刀剣類所持等取締法違反の事実による捜査及び逮捕のため訪れた警察官の呼び掛けに応ぜず、二時間ほどは部屋から出てこなかったこと、その間に部屋から投げ捨てられたと思われるカプセル内の白色結晶につき予備試験をした結果、覚せい剤反応を呈したこと、被告人の取調べ時の態度が、盛んに舌なめずりをし、きょろきょろして落ち着きがないなど覚せい剤使用者特有のものであったこと、被告人の両肘に新しい注射痕が複数認められたこと、被告人が尿の任意提出を拒否していることなどの記載があるが、これらの事実は、時元の原審証言等の関係証拠により認められる。なお、注射痕については、<3>の写真撮影報告書も疎明資料になっている。
以上によると、<1>の覚せい剤取締法違反の前科がある旨の犯罪歴照会結果報告書の記載は誤記であって作為によるものとは認められず、かつ、<1>の犯罪歴照会結果報告書を除いても覚せい剤使用の嫌疑は十分に疎明されていると考えられるから、本件捜索差押許可状は違法でも無効でもない。
所論のその二は、本件の採尿手続が違法である理由として、本件捜索差押許可状には夜間執行できる旨の記載がないのに、日没後にその執行がされている、というのである。
そこで検討すると、本件捜索差押許可状に夜間執行できる旨の記載がないことは所論指摘のとおりであるが、亀有警察署警察官須永康男の原審証言等の関係証拠によれば、亀有警察署警察官は、平成八年一一月二日午後九時三〇分ころ、逮捕している被告人に本件捜索差押許可状を示した上、亀有警察署の指定医院で夜間診療中の亀有病院まで連行して医師高山忠輝に強制採尿を依頼し、同医師が、午後一〇時一五分から二〇分ころまでの間に、被告人の尿道にカテーテルを挿入する方法で採尿したことが認められる。このような場合には、夜間における私生活の平穏を保護するために設けられた刑訴法一一六条一項の制約は受けないと解されるから、夜間に行われた本件の採尿手続に違法はない。
結局、原判決に訴訟手続の法令違反はないというべきであり、論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中六〇日を原判決の刑に算入することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 神田忠治 裁判官 羽渕清司 裁判官 長岡哲次)